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テンプレート:基礎情報 会社

ファイル:Sunrise head office kamiigusa 2009.JPG

株式会社サンライズ(英語表記:SUNRISE Inc.)は、アニメーションを主体とした映像作品の企画・制作を主な事業内容とするバンダイナムコグループ傘下の日本の企業である。日本動画協会正会員。

概要 編集

創業 編集

経営難に陥った旧虫プロダクションから独立した営業・制作畑のスタッフが中心となって、1972年有限会社サンライズスタジオという名で創業。

虫プロの制作・営業部門だった岸本吉功、伊藤昌典、山浦栄二、渋江靖夫、岩崎正美、沼本清海の7名[1]が設立メンバーである。資金がなかったことから、同年、虫プロ音響を担当していた東北新社に出資してもらい[2]、サンライズ創業者との共同出資により株式会社創映社設立。創映社が企画と営業を行い、アニメの実制作はサンライズスタジオで行なう体制だった[3]。当時の企画・開発陣はサンライズスタジオと創映社の両方に在籍する状態だったが、創映社自体は東北新社の子会社で下請けの存在だったため、当時制作した作品の著作権表示は全て「©東北新社」となっている。

彼らのルーツともいえる虫プロが、クリエーターである手塚治虫が経営していたため作品作りを優先し、合理的な経営ができなかったため、1973年に経営破綻してゆく様を目の当たりにした。

この反省から「クリエーターが経営陣に入ってはいけない」という方針も取っている[4]。このため同社の作品は監督レベルまで外注スタッフである。スタッフのほとんどを自社で抱えていた虫プロの反省でもあり、数々のヒット作を手掛けている富野由悠季高橋良輔などの監督も外注スタッフである。

経営陣はアニメの作品性も重視するが、それ以上に必要に応じた外注の多用などコスト削減や玩具販売なども含めて、総合的な採算性を最重視する経営方針を打ち出した。玩具の商品化を企画の出発点とした制作スタイルを採用していたことも、特徴の一つである[5]

これには「資金のない弱小プロダクション故に人件費を負担できない」[6]という理由もあった。

その後の沿革 編集

「1970年代のサンライズはギャラは業界一の安さ」[7]とも、「絵コンテ料の安さは業界で有名」[8]だったとも言われ、アニメーターの間ではサンライズの仕事はやらない方がいいと話題になっていたという[9]

作る作品はきわめて低品質で「アマチュアのサンライズ」と言われていた[10]安彦良和によると「ものづくりの会社としてはとてもいい加減だった」とのこと[11]

1976年11月に東北新社傘下から独立。サンライズの飯塚正夫によると『ゼロテスター』や『勇者ライディーン』などで得た利益はすべて東北新社にいって、彼らは給料が上がらず不満が溜まっていたそうである[12]。一説には利益の配分を巡る喧嘩別れとも言われる[13]株式会社日本サンライズに改組・商号改称し、東映本社作品と円谷プロ作品のアニメーション制作を下請け。翌年1977年の『無敵超人ザンボット3』にて初めて自主制作作品を世に送り出す。1979年制作の『機動戦士ガンダム』により、アニメ業界にリアルロボットブームを興す。

1985年にはオリジナルビデオアニメに進出。ただしオリジナルと言っても全くのオリジナル企画は少なく、『装甲騎兵ボトムズ』のようなテレビシリーズで人気を得た作品の続編と『機甲猟兵メロウリンク』のようにその延長線上にある企画との基本方針を取っている。

1987年6月株式会社サンライズに商号変更し、山浦栄二が社長に就任する。

手がけるジャンル 編集

手掛けている作品はオリジナル企画のロボットアニメが多いが、その他にも漫画原作などの様々な種類のアニメ作品を制作している。

オリジナル作品が多い理由の1つに、設立当初は漫画原作の著作権翻案権)を得る予算を捻出できなかったことがある。原作ものだとアニメ雑誌が記事に取り上げる際、絵等の使用許諾が得られなかったりページ数の制限が付くため、オリジナル企画の多さは、1980年代を中心にアニメ雑誌がサンライズ作品をメインに扱う理由となった[14]

1987年に従来からのオリジナル路線を転換し、『ミスター味っ子』『シティーハンター』『バツ&テリー』などの原作ものを手がけることが増えていった。また、『機甲戦記ドラグナー』を最後にリアルロボットブームが下火になったことから、『魔神英雄伝ワタル』を機に子供がロボットに乗る、或いはロボットと友情を育むことで敵を倒すロボットアニメが登場した他、『鎧伝サムライトルーパー』のように容姿端麗な美少年が特殊アーマーを装着する変身ヒーロー作品が幅を利かせるようになった。また、ガンダムよりも下の年齢層をメインターゲットとした『勇者シリーズ』が1990年代前半には商業的な成功を収めるなど、元々得意とするオリジナル作品も堅調に推移した。

2000年以降は、美少女アニメにロボット・ヒーローアニメ的な演出を導入した『舞-HiME』シリーズ、『ケロロ軍曹』や『銀魂』のようなパロディ要素の多い作品、『クラッシュギア』シリーズ、『陰陽大戦記』・『恐竜キング』等のゲーム・玩具とのタイアップ作品、『ゼーガペイン』『コードギアス 反逆のルルーシュ』等のオリジナルロボット作品を制作している。こうした色々な作品を手掛けているものの同社の収益の大半はガンダムシリーズに依存している[15]

近年の漫画原作作品に関しては『ケロロ軍曹』や『銀魂[16]等、ギャグパロディ要素が強いものも多い。

バンダイ・ナムコとの関係 編集

1994年4月1日バンダイの資本参加を受けて同社のグループに入る。経営陣が刷新され、松本悟のようにバンダイから人が入ってくるようになった。

川口克己によるとバンダイには『ガンダムシリーズ』を基準にする向きがあり、同シリーズと同程度の売上でないと成功とみなされず、自然とガンダムに偏重していく傾向があるという[17]。サンライズ作品に限らず、「ロボットアニメはガンダムに淘汰される」という意見もある[18]。このため近年少年向けロボットアニメでのオリジナル作品を発表する機会になかなか恵まれなくなった。

2007年にはバンダイナムコグループの経営統合もあって、旧ナムコの『THE IDOLM@STER』を原案とした『アイドルマスター XENOGLOSSIA(ゼノグラシア)』が制作された。また、2008年には同じく旧ナムコの『テイルズ オブ ジ アビス』のアニメ版の制作も行なっている。

傘下後は版権ビジネス、作品出演の声優や原作監督などの管理を徹底している[19][20]

その他 編集

  • 制作スタジオはいくつもあり、それぞれに「第1スタジオ」などと数字が割り振られることが多い。略して「1スタ」などと呼ぶことがある。ただし中で働いているのは前述のように外注スタッフである。
  • 『ケロロ軍曹』では第33話において、ケロロ小隊が同社を訪れたことがある[21]

制作作品 編集

テンプレート:新製品 サンライズで制作されている作品は、全部で12箇所のスタジオが母体となっている。

主なテレビシリーズ 編集

シリーズ単位 編集

1970年代 編集

1980年代 編集

1990年代 編集

2000年代前半 編集

2000年代後半 編集

2010年代 編集

主な劇場映画(制作年順) 編集

1980年代(劇場映画) 編集

1990年代(劇場映画) 編集

2000年代 編集

2010年代(劇場映画) 編集

主なOVA(制作年順) 編集

※テレビシリーズの総集編はほぼ除外

1980年代 (OVA) 編集

1990年代 (OVA) 編集

2000年代 (OVA) 編集

2010年代 (OVA) 編集

グロス発注作品 編集

パイロット作品 編集

TVドラマ 編集

  • G-SAVIOUR:『機動戦士ガンダム』20周年記念作品(93分×1話のみ、アメリカポールスター・テレヴィジョン社との合作)

TVCM 編集

PV 編集

同社スタッフが独立・起業した会社 編集

歴代代表取締役社長 編集

  1. 岸本吉功
  2. 伊藤昌典
  3. 山浦栄二
  4. 吉井孝幸
  5. 内田健二

ラジオ番組 編集

関連人物 編集

演出家 編集


アニメーター 編集

キャラクターデザイナー 編集


キャラクター作画監督 編集


メカ作画監督 編集


その他のアニメーター 編集

メカニックデザイナー 編集


脚本家・小説家 編集


その他編集


関連項目 編集


脚注 編集

  1. 『アニメージュ』1981年12月号28ページの「小史日本サンライズ」や、岡島正晃・あさのまさひこ・中島紳介『ボトムズ・アライブ』(太田出版・2000年)p204など8名とする資料もある。
  2. Web現代取材班「第5章 飯塚政夫」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』(講談社・2002年)p230。
  3. 「山浦栄二インタビュー」『富野由悠季全仕事』キネマ旬報社、1999年、p112。
  4. ガンダム者 ガンダムを創った男たち
    • 「いま、映画機動戦士ガンダムに燃える日本サンライズ PART4 座談会」『アニメージュ』1981年1月号、p114-p115。山浦栄二取締役企画部長(当時)の発言による。
    • 中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p104.
    • Web現代取材班「第5章 飯塚政夫」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』講談社、2002年、p248-p249。
  5. Web現代取材班「第1章 安彦良和」『ガンダム者 ガンダムを創った男たち』(講談社・2002年)p72。
  6. 富野由悠季『だから僕は… 増補改訂版』(徳間書店 アニメージュ文庫・1983年)p323。
  7. 「押井守検証インタビュー」『前略、押井守様。』(野田真外編著・フットワーク出版・1998年)p345.
  8. 「いま、映画機動戦士ガンダムに燃える日本サンライズ PART4 座談会」『アニメージュ』1981年1月号p113。金山明博の発言による。
  9. ガンダム神話
  10. ガンダム者
  11. Web現代「ガンダム者」取材班 ガンダム者―ガンダムを創った男たち 講談社 2002年
  12. 「ロングインタビュー 安彦良和」『キネマ旬報別冊 動画王』Vol.7(キネマ旬報社・1998年)p174.
  13. 中島紳介、斎藤良一、永島収『イデオンという伝説』太田出版、1998年、p174-p176
  14. アニメ・ビジネスが変わる
  15. 2009年度時点ではこの2作品のみが4:3サイズでの制作を続けていた。後者においては劇中で「予算が据え置かれた」という趣旨の発言があったが、公式な理由は不明である。
  16. 柿沼秀樹 加藤智 バンダイキャラクタープラモ年代記 学習研究社 2007年
  17. Great Mechanics 5 双葉社 2002年
  18. アニメマスコミを泣かせる"サンライズ様"の銭ゲバ体質(前編)
  19. アニメマスコミを泣かせる"サンライズ様"の銭ゲバ体質(後編)
  20. 劇中では「サンイラズ」と呼ばれていた。
  21. 5thシーズン以降は第6スタジオ以外のスタッフも参加するようになった。

外部リンク 編集

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